「ここなら自分らしくいられる」
あなたにはそんな場所がありますか?
「職場では理解されない」
「友達にも本音を話せない」
「家にいても孤独を感じる」
障害や発達特性がある人の多くは、一度は「自分の居場所がない」と感じたことがあるのではないでしょうか。
でも、それはあなたに価値がないからではありません。
あなたに合う場所に、まだ出会えていないだけです。
居場所とは、無理をして合わせる場所ではない

「居場所」と聞くと、学校や職場、家庭を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、本当の居場所とは、
ありのままの自分でいられる場所。
頑張って演じたり、
無理に周りへ合わせたり、
「普通」を目指し続ける場所ではありません。
失敗しても受け入れてもらえる。
できないことがあっても否定されない。
自分の考えや気持ちを安心して話せる。
そんな場所こそ、本当の居場所なのです。
なぜ障害者は居場所が見つかりにくいのか

周りに合わせようと頑張りすぎる
幼い頃から、
「もっと普通に」
「みんなと同じように」
と言われ続ける人は少なくありません。
その結果、本当の自分を隠しながら生きることが当たり前になってしまいます。
しかし、自分を隠し続ける生活はとても疲れます。
そして、「どこにいても自分らしくいられない」と感じてしまうのです。
「普通」を目指してしまう
社会には「こうあるべき」という基準があります。
・毎日働くこと
・空気を読むこと
・コミュニケーションが得意であること
もちろん、それが得意な人もいます。
でも、障害や発達特性がある人はその基準が合わないことも少なくありません。
それなのに「普通になろう」と努力し続けると、自信を失い、自分を責めるようになります。
本当に必要なのは、「普通になること」ではなく、自分に合った環境を見つけることです。
理解されない経験が多い
「怠けているだけ」
「甘えている」
「気にしすぎ」
そんな言葉をかけられた経験はありませんか?
理解されない経験が続くと
「どうせ話しても無駄」
と思うようになります。
すると、人との距離ができ、孤独を感じやすくなってしまいます。
居場所は作れる

「自分には居場所がない」
そう思っている人へ伝えたいことがあります。
居場所は、最初から用意されているものだけではありません。
自分で少しずつ作っていくこともできます。
例えば
趣味のコミュニティ
ゲーム、読書、スポーツ、音楽、写真など。
共通の趣味があるだけで、自然と会話が生まれます。
オンラインコミュニティ
今はSNSやオンラインサロン、Discordなどで全国の人とつながれます。
外出が苦手でも、自宅から安心して交流できます。
地域活動やボランティア
地域イベントやボランティアに参加すると、「役に立てた」という実感が得られることがあります。
それが自信につながり、新しい人間関係も生まれます。
当事者コミュニティ
同じ悩みを経験した人だからこそ、
「分かるよ」
と言ってもらえる安心感があります。
自分だけではないと思えるだけで、心が軽くなることもあります。
凸凹村も、その一つの選択肢です

私たちが運営している凸凹村も
「ありのままの自分でいられる場所」
を目指しています。
障害の種類も、年齢も、働き方も関係ありません。
「働いている人」もいれば、「今は休んでいる人」もいます。
誰かと比べる場所ではなく
「自分らしく生きる方法」を一緒に考える場所です。

交流会では
「ここなら安心して話せた」
「初めて自分を否定されなかった」
「また来たい」
そんな声をいただくことも増えてきました。
居場所は、一人で見つけるものではありません。
人とのつながりの中で、少しずつ育っていくものなのです。
まとめ
もし今「自分には居場所がない」
そう感じているなら、覚えていてください。
あなたがおかしいのではありません。
あなたに合わない環境で頑張り続けてきただけです。
居場所は必ずあります。
そして、それは学校や職場だけではありません。
趣味でも、地域でも、オンラインでも、当事者コミュニティでもいい。
あなたが「ここなら自分らしくいられる」と思える場所は、きっと見つかります。
焦らなくて大丈夫。
あなたには、あなたにしかない居場所があります。
そして、その一歩として、凸凹村も選択肢の一つになれたら嬉しく思います。
自分らしくいられる居場所になるかも
話さなくてOK!
顔出ししなくてOK!
気楽に参加できる、当事者限定の
オンライン交流会、凸凹村交流会はこちら✨

人のやさしさに触れられるボランティアも
群馬県内で月1回~2回開催している
障害当事者も参加できる募金活動です。
参加した人たちからも
「社会参加できてうれしい」
「障害者のために募金してくれる人がこんなにいると思わなかった」
「人のあたたかさに触れて泣きそうになった」
「この世もまだ捨てたもんじゃないと思えた」
といった声をいただいています。

