障がい者女性の「生きづらさ」障がい者女性の声はないがしろにされ障がいのことを考慮されない

凸凹村管理人

「障がいがあり女性であること 生活史からみる生きづらさ」

障がい者について論じられる際、しばしば障がい者男性に焦点が当てられ、一方で女性について論じられるときは、健常者女性がクローズアップされることが一般的です。この言葉は、土屋葉氏が「障がいがあり女性であること 生活史からみる生きづらさ」の序章として述べたものです。

障がい者に関する議論では、性差別が影響して障がい者女性の声が無視されがちであり、一方で女性について論じられる際には、障がいについての配慮が欠け、結果として障がい者女性の立場が透明化されてしまうことを示唆しています。

男女の分断を煽るのではなく障がい者女性が直面する特有の課題に焦点を当てる

この二重の無視の結果、障がい者女性は「複合差別」と呼ばれる厳しい現実に直面しています。彼女たちが直面する困難は多岐にわたり、生活上の問題、結婚や出産に関する困難、職場での課題、性暴力に対するリスクなどが挙げられます。これらの問題を一つずつ掘り下げていくことが重要です。

もちろん、「障がい者は男女に関係なく困難を抱えている」という点についての議論も重要ですが、この文脈での言及は、男女の分断を煽るものではなく、むしろ障がい者女性の声を強調し、彼女たちが直面する特有の課題に焦点を当てることを目的としています。

男性が介助を担うケースも多い

身体障がい者女性が直面する困難の一つに、日常生活での介助の必要性があります。特に肢体不自由者の場合、着替えや食事から排泄や入浴まで、介助が必要になることがあります。そして、この介助の中でも特にプライベートなゾーンを扱う場面では、同性からの介助を希望する女性が多いのが現実です。

しかし、現実には男性が介助を担うケースも多く、これにより肢体不自由者の女性は強い羞恥心を抱えながら日々を過ごすことになります。また、異性からの介助を不満に思っても、「わがままな障がい者」とレッテルを貼られる恐れから、声を上げることがためらわれる女性もいます。

その違和感さえ失ってしまう女性も存在

一方で、長年にわたり異性からの介助を受け続ける中で、その違和感さえ失ってしまう女性も存在します。しかし、ある時点でその女性は、「本人の望まない異性介護は虐待にあたる」という事実を知り、自らの気持ちに正直になることが重要であることに気づきました。そして、彼女は思わず「私、男性からの介助は望みません!」と声を上げることができたのです。

「恥ずかしいって場合?」

あるグループホームでは、生活の全てに介助が必要な肢体不自由の女性たちが共同生活を送っていました。ある日、女性の世話をしていたスタッフが入浴介助中にてんかんの発作を起こしたのです。この状況ではすぐに湯船から引き上げなければなりませんが、女性自身の力では不可能で、男性のスタッフの協力が必要でした。

しかし、男性のスタッフが介助をしようとすると、女性は激しく抵抗し、男性の腕を振り払うのだそうです。スタッフが笑いながら「私には無理だから、しょうがないよね。恥ずかしいって場合?」と話したそうです。入浴介助とはいえ、女性が発作を起こすたびに全裸で男性に抱え上げられることになります。

性暴力と結びつく可能性

この異性介助が後に性暴力と結びつく可能性もあり、この問題を放置するわけにはいきません。さらに、肢体不自由の女性は婦人科にかかることが難しい場合もあります。例えば、内診台で十分に足が開けないなどの理由で、診察時に大きな負担を強いられることもあるのです。

その他にも、聴覚障がい者女性が手話通訳者の不在によって婦人科での相談を躊躇する場面もあります。このような課題が女性たちの心身の健康に影響を与える可能性があるため、この問題には真剣に向き合わなければなりません。

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