仕事のストレスで適応障がい 命を絶つ前に思いとどまれた理由とは?

凸凹村管理人

精神科産業医である夏目誠さんは、45年以上のキャリアを持ち、これまでの経験を元にストレスへの気づきや対処法を提案しています。

3月は厚生労働省が「自殺対策強化月間」として位置づけ、自殺率が高い我が国において、彼の経験は重要です。自殺の予防には精神科を受診することや、絆を持つことが有効であることを考えます。

期待を背負う

夏目誠さんは、ある43歳の新商品販売担当部長のケースを紹介します。彼は大手販売会社で法人営業部次長として成功を収め、妻と2人の子どもを持つ生活を築いていました。しかし、新商品の販売担当部長として抜てきされ、半年で成果を出すようにとの期待を背負いました。

しかし、思うように成果を上げることができず、彼は自問自答に追われました。「なぜ売り上げが伸びないのだろう?」「何か間違っているのか」。彼の生真面目な性格が彼を苦しめました。

自らの状況を客観的に捉えることができない

精神的に追い込まれ、衝動的に自殺を考える状況に陥りました。彼は精神的な負担から不眠や不安に苦しむようになり、妻からの心配を受けながらも自らの状況を打ち明けることはありませんでした。

彼はついに自殺衝動に駆られ、妻に出張と偽って旅に出ました。売り上げの不振だけで自殺を考えることは異常に思えますが、彼は視野が狭まり、自らの状況を客観的に捉えることができなくなっていました。

「家族のためにもう一度やり直そう」

しかし、死のうとした時、妻や子どもの顔が彼の心に浮かび上がりました。家族を残して自らの命を絶つことの重さに気づき、「家族のためにもう一度やり直そう」という思いが彼を立ち止まらせました。

彼は妻とともに精神科クリニックを受診し、適応障がいと診断され、休職を勧められました。主治医は彼の不安を和らげるために薬や睡眠導入剤を処方し、回復に向けて支援を行いました。

「死ぬくらいなら退職しよう」

東南アジアに工場を設立するプロジェクトに携わった40歳の製造課長のケースもあります。彼は単身赴任先での孤独や文化の違いに適応できず、仕事でも予期せぬ問題が頻発し、過労が重なりました。

彼はある日、発作的に自殺を考えましたが、その時に妻や子どもの顔が浮かび、思いとどまりました。死の淵に立った彼は「死ぬくらいなら退職しよう」と考え、リーダーに辞表を提出しました。しかし、本社の部長は部下の状況に気づいていたものの、海外の事情に対応しきれなかったようです。自殺未遂を聞いた後、急きょ帰国させられ、精神科産業医として夏目さんが対応することになりました。

当事者自身が相談や受診の必要性に気づくのは容易ではない

メンタル不調に陥ると、自らの状況を客観的に見ることが難しくなり、思考が停止してしまうことがよくあります。そのため、当事者自身が相談や受診の必要性に気づくのは容易ではありません。

このような場合、職場や家族が気づき、サポートすることが重要です。ただし、先述したケースでは周囲の気づきがサポートのきっかけにはなりませんでした。それでも自殺を防ぐことができたのは、家族との絆の力があったからだと考えられます。

家族との絆を築くには、相互の信頼と交流を長期間にわたって積み重ねる必要があります。男性の育児休業取得など、家族がより絆を深めるための仕組みも重要です。このような取り組みは、家族の絆を強化する土台となります。

「絆」の本質

日々の相談の中で、仕事のストレスや悩みの奥に、家族の問題が潜んでいることはよくあります。家族との関係を深めるために、日常の中で外食や旅行、イベント参加を楽しむことが大切です。

夫婦で運動会に参加したり、家族で食事を楽しんだりすることで、共感や思い出が生まれます。楽しい経験は脳の側頭葉にしっかりと記憶され、いつでも思い出すことができると言われています。これこそが「絆」の本質ではないでしょうか。

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