「お腹は空くけど、何を食べたいか分からない」
「食事が楽しみと言われても、正直ピンとこない」
「食べること自体が面倒に感じる」
こうした感覚を持っている人は、決して少なくありません。
特に、発達障がいや精神障がい、身体障がいのある人の中には、食べ物にあまり興味が持てないという悩みを抱えている方が多くいます。
この記事では、「食べ物に興味がない × 障がい」をテーマに、なぜそう感じるのか、無理をしない向き合い方、周囲との違いに苦しまないための考え方を丁寧に整理していきます。
食べ物に興味がないことは「異常」なのか

食への関心には個人差がある
世の中では「食べること=楽しみ」「美味しいものが幸せ」という価値観がとても強く語られがちです。
そのため、食事に強い関心を持てない人は、「自分はどこかおかしいのでは」と不安になってしまうことがあります。
ですが、食への関心は生まれ持った感覚や体質、環境の影響を強く受けます。
好き嫌いがあるのと同じように、興味の強さにも幅があるのです。
障がいが関係しているケースも多い
障がいの特性によって、味覚・嗅覚・食感への感じ方や、食事に向き合うエネルギーの使い方が違うことがあります。
「食べられない」「食に関心が湧かない」は、意志の弱さやわがままではありません。
障がいと「食べ物に興味が持てない」理由

感覚過敏・感覚鈍麻の影響
発達障がい(ASD・ADHDなど)では、味、匂い、食感、温度に対して敏感すぎたり、逆に鈍かったりすることがあります。
・匂いが強いだけで気分が悪くなる
・食感が合わないと食べ続けられない
・味を感じにくく、食事が単調に感じる
こうした状態では、食事は「楽しみ」よりも「負担」になりやすくなります。
こころの状態が食欲に影響する
うつ状態や不安障がい、双極性障がいなどでは、食欲そのものが低下したり、食べる意欲が湧かなくなることがあります。
特に、「食事の準備 → 食べる → 片付ける」という一連の流れが、想像以上に大きなエネルギーを消耗させます。
生活リズムや疲労の蓄積
障がいがあると、日常生活だけで疲れ切ってしまい、
「食べることに気持ちを向ける余裕がない」状態になりがちです。
食事は後回しになり、空腹でも「どうでもいい」と感じてしまうことがあります。
「食べなきゃ」というプレッシャーがつらい

周囲とのズレが苦しさを生む
家族や職場で
「ちゃんと食べなよ」
「せっかく作ったのに」
と言われることで、さらに食事が重荷になる人もいます。
善意の言葉であっても、当事者にとっては「責められている感覚」になることがあります。
食事=評価になってしまう
「食べられたかどうか」で自分を評価してしまうと、食事のたびに自己否定が積み重なってしまいます。
食べられないのは体調や特性が影響しているだけかもしれません。
無理をしない食との付き合い方

「楽しめなくてもいい」と認める
食事は、必ずしも楽しむものでなくて構いません。
生きるための作業と割り切ることで、気持ちが楽になる人もいます。
楽しめない自分を直そうとしなくていいのです。
栄養を「形」で考えすぎない
一汁三菜や手作りにこだわらなくても、ゼリー飲料、栄養補助食品、同じメニューの繰り返しでも問題ありません。
「食べられるものがある」こと自体が大切です。
食事の回数や時間を固定しなくていい
3食きっちり食べなければならない、という決まりはありません。
一日の中で、少しずつ補えれば十分な場合もあります。
食べ物に興味がない自分を守る考え方

他人の「普通」を基準にしない
SNSやテレビで見る「食の楽しみ」は、あくまで一部の価値観です。
それに当てはまらなくても、あなたの生活は間違っていません。
食べられない日は休養のサイン
食事に向き合えない日は、こころや体が疲れているサインであることが多いです。
「食べられない=ダメ」ではなく
「今は回復が必要な時期」と捉えてみてください。
まとめ:食に興味がなくても、あなたは大丈夫
食べ物に興味がないことは、異常でも、怠慢でも、欠陥でもありません。
障がいの特性や、こころと体の状態、考え方によってそう感じる時期があるのは自然なことです。
無理に楽しもうとしなくていい。
無理に人と合わせなくていい。
食べられる形を、あなたのペースで選ぶことが、いちばん自分を守る方法です。
