高学歴発達障がい者の挑戦:ブラック企業を経験して天職を見つけるまで

凸凹村管理人

幼少期から発達障がい(ASD)として精神科に通っていた高橋希美さんは、数学に優れ上智大学に入学しました。

卒業後は大学院に進むほどの優秀な頭脳を持っていましたが、不本意な職場を転々とするハメになりました。しかし、彼女が最終的にたどり着いたのは、自分にフィットする「天職」でした。

4〜5歳の頃に自閉スペクトラム症を診断される

高橋希美さん(45歳)は、すらっとしたモデル体型の女性です。彼女は上智大学の理工学部を卒業し、同大学院を中退しています。

しかし、彼女の人生には困難がありました。4〜5歳の頃に自閉スペクトラム症(ASD)の傾向が見つかり、精神科に通い始めました。発達障がいを抱えた彼女にとって、学校という環境は苦痛であり、家族との関係も複雑でした。

父親のストレスのはけ口

彼女は、「父は医師でしたが、私が幼稚園に入る前に精神を病んでしまって半年くらい精神科に入院していました。

父は勤務医で、職場の人間関係や激務のストレスなどを全部私にぶつけていました。ひとりっ子でほかに兄弟はいないし、母は気が強いので、母には当たらず子どもの私に来るんですよね」と振り返ります。

学校生活は苦難の連続

彼女の学校生活は苦難の連続でした。小中学校にはほとんど行くことができず、高校も不登校の生徒や中退者を受け入れる学校に通うことになりました。

それでも、彼女は立ち向かいました。「その頃からずっと、どうしようもなく死にたいと思っていました」と彼女は語ります。

自分の強さに気付く

しかし、彼女の人生は絶望的なものではありませんでした。彼女は自分の強さに気付き、努力し、成長しました。

学校での経験から、彼女は発達障がいを抱える人々の支援に興味を持ち、自らの経験を活かして社会に貢献しています。

数学の道を切り拓く:高橋さんの大学生活

周りには勉強熱心な人が少なく、大学進学率もそれほど高くなかった環境で育った高橋さん。

彼女は定期試験で90点台を取ることが容易な学校でしたが、その高い評定平均を活かして推薦入試を受けることを決意しました。文章を書くことが苦手な彼女は、小論文がない上智大学の数学科に進学しました。

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