「他人の便を触り大腸炎に…」地震で被災した“視覚障がい者” の声 避難先での課題とは

凸凹村管理人

能登町小木での地震によって被災

視覚障がいを抱える方々が遭遇する避難体験は、その厳しさを想像を絶するものです。74歳の灰谷誠司さんも、元日の能登町小木での地震によって自宅が被災しました。

灰谷さんは高校生の時に視力を失い、それ以来、盲導犬と共に暮らしています。地震の揺れが長く強烈だったため、灰谷さんは未曾有の不安に襲われました。

「まだまだ大きな揺れが続くのではないか」という不安に駆られました。そして、トイレにいた彼は、困難な状況に備えて座り込み、静かに待ちました。

周囲の支援

家族と共に避難所に向かう途中、普段なじみのある道が崩れ、高台の小学校への階段が使えなくなりました。これは彼にとって大きな試練でした。彼が通常行っていた道が断絶され、迂回路を通らざるを得なくなったのです。

しかし、灰谷さんを取り巻く人々は、彼の安全を最優先に考え、食事やトイレなどの生活必需品を支援しました。特に、トイレの使用においては、水道が使えず、ペットボトルを使って流す必要がある中、彼は周囲の人々に助けを求めました。その際、失敗を恐れず、率直に助けを求める彼の姿勢に、支援者たちは温かく応えました。

新しい場所での移動は大きな不安要因

現在、灰谷さんは小松市で2次避難生活を送っています。しかし、新しい場所での移動は未だに彼にとって大きな不安要因です。そのため、彼は週に1度の外出では「同行援護」のヘルパーに頼り、自ら道を覚える努力も怠りません。

新しい道は彼にとって恐怖であり、迷子になることが最も恐れることです。しかし、彼はその恐怖と向き合い、一歩ずつ前進しています。

ふるさとに戻りたい

小松市での生活に慣れる努力をする一方で、灰谷さんの願いはずっとふるさとの能登町に戻ることです。彼は語ります。

「散歩していても、僕は見えないけど、向こうから声かけてくださったり、知っている人ばかりだし、ここはあそこの凸凹だとか、あっち側から波の音が聞こえるとか、迷っても知ったところが出てきて、ここなら家まで帰れるという安心感もあるし、やっぱりそういう住み慣れたところがいいのはいいですよね

能登町は彼にとって、地理的な特徴や地域の人々との繋がりが、心の拠り所となっています。

視覚障がいのある避難者をサポートする取り組み

一方で、視覚障がいのある避難者をサポートする取り組みも進んでいます。加賀市のホテルでは、金沢工業大学の研究チームが開発した「しゃべる点字ブロック」が設置されています。

これは、点字ブロックに音声で道案内を提供するもので、専用のスマートフォンで読み込むことで避難所内での移動を支援しますと、松井くにお教授が説明します。

点字ブロックというのは『進め』と『止まれ』の2種類しか情報がない。我々はその2種類以上の情報、もっとたくさんの情報を提供したい。いわゆる点字ブロックに黒いマーキングをつけることで、たくさんの情報を提供できるようにした」

この技術は、視覚障がい者の方々の要望に応える形で開発され、避難所内での安全な移動を支援することが期待されています。

困っている人たちの話をよく聞いて技術を提供していきたい

松井教授は、視覚障がい者からの要望に基づき、彼らが困っている問題に対して積極的に取り組んでいく姿勢を示します。

「視覚障がい者の方から連絡いただいて、我々の技術が提供できるのではないかということで、やっぱり困っている人たちの話をよく聞いて、その人たちの要望に沿った形で、いろいろな技術を提供していきたい」と述べます。

このような取り組みは、災害時の避難所生活をより安全で快適なものにすることで、社会全体の福祉を向上させることにつながるでしょう。

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