発達障がいは「生まれつき」か「環境」か?近年「発達障がいが増えている」と言われる「納得の理由」

凸凹村管理人

言葉が幼い、落ち着きがない、情緒が不安定。こうした育ちの遅れが見られる子どもに対して、どのように治療や養護を進めるべきか――。

講談社現代新書のロングセラー『発達障がいの子どもたち』では、長年にわたって子どもと向き合ってきた第一人者がやさしく教え、発達障がいにまつわる誤解と偏見を解いています。本書は、発達障がいについての理解を深めるための重要な一冊です。

本記事では、「発達障がい」といわれるとき、発達の「開始の部分」と「ゴールの部分」はどこにあるのかという問いに続き、発達における育ちや環境の要因について詳しく見ていきます。

杉山登志郎氏の『発達障がいの子どもたち』では、発達障がいを理解し、適切な支援を行うための具体的な方法やアプローチが紹介されています。発達障がいについての正しい知識を持ち、子どもたち一人ひとりに合った支援を行うことが大切です。

実は生物学的な素因のほうが圧倒的に高い

発達の過程は、子どもがもともと持っている力に対し、周囲が働きかけを行い、その両方が互いに働きかけ合って子どもの成長を作ることが知られています。発達を支えるものは子どもが持つ遺伝子と環境です。発達障がい臨床の言葉に言い換えれば、生物学的な素因と環境因ということになります。

これまでの科学的な研究では、生物学的な素因の持つ重みが環境因よりも圧倒的に大きいことが示されてきました。この点についてはいまだに誤解があるため、最低限の解説を行いたいと思います。たとえば、非行のような問題に関しては、わが国では環境的な要因として考えられることが多いですが、生物学的な素因と環境因を比較すると、実は生物学的な素因のほうが圧倒的に高いという結論がすでに出ています。

遺伝的な素因と環境因との影響を比較

遺伝的な素因と環境因との影響を比較するためには、いくつかの定まった方法があります。一つは養子研究です。養子となった子どもは、生まれつきの遺伝と育ちの環境とが別々の両親のもとで成長することになります。もう一つは双生児研究です。一卵性双生児はほぼ同じ遺伝子を持ち、二卵性双生児は遺伝子の半分だけが同じです。両者とも同じ環境で育つため、遺伝子の影響と環境の影響を統計学的な手法で計算することが可能です。

スウェーデンでの養子男性862人の調査では、3歳以前(平均8か月)に養子になった者を調査し、生物学的な素因と環境因とをそれぞれ高い、低いに分け、全体を四群に分けました。その結果、成人における軽犯罪の発生率は生物学的な素因のほうが圧倒的に重みを持つことが示されました。

双生児研究では、2682組のオーストラリアの調査があります。一卵性双生児と二卵性双生児の非行の罹病率を調べると、男女差を含めて、生物学的な素因のほうが環境因よりも圧倒的に強い影響を持つことが科学的に示されました。

環境の影響を受ける遺伝子

それでは、素因によってすべてが決まるのでしょうか。ごく最近になって、分子レベルの遺伝子研究が進展し、それによって遺伝子が体の青写真や設計図というよりも、料理のレシピのようなものであることが明らかとなってきました。

つまり、遺伝子に蓄えられた情報は、環境によって発現の仕方が異なることが示されたのです。遺伝情報の発現の過程は、遺伝子そのものであるDNAの情報が、メッセンジャーRNAによって転写され、タンパク質の合成が行われることによって生じます。

この過程が実は問題で、ここで環境の影響を受けます。多くの状況依存的なスイッチが存在し、環境との相互作用の中で、合成されるタンパク質や酵素レベルで差異が生じることが徐々に明らかとなってきました。

たとえば、妊娠初期のタバコの影響で初めてスイッチがオンとなる遺伝子情報などが存在します。これは、遺伝子が設計されたときにすでにタバコの存在を予想していたということなのでしょうか。このような影響は身体的な問題に限りません。

高リスク児に対する早期療育の可能性を開くもの

有名な例を一つ挙げれば、MAO-Aと呼ばれる酵素があります。この酵素を生じる遺伝子を持つ児童は、攻撃的な性格を発現する傾向があることが知られていますが、すべての児童においてそうなるわけではありません。非常にストレスが高い環境、つまり虐待環境下においてのみ、スイッチが入り、攻撃的な傾向が発現するのです。

この例はまた、遺伝的素因というものに対するもう一つの誤解を解く手掛かりともなります。遺伝的素因の存在は多くの場合、高リスクを示すものではありますが、それによって決定されるものではありません。

このMAO-Aの例にも示されるように、遺伝子の持つ情報は、学習、記憶、脳の発達、感情コントロールのレベルで環境との相互作用が生じるのです。つまり、遺伝的素因の解明は、障がいを決定づけるのではなく、高リスク児に対する早期療育の可能性を開くものとなるのです。

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